身体の割合、水分60%ストレス40%です。

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某C-モン氏(伏字になってない)
がブログに書いていた映画を
頑張ってなんばに観に行きました。



--生きることにした。人の命とひきかえに--



「休暇」

超道に迷いながら
なんばの映画館に行ってきました。

一時間も迷ったの初めてだよ。
なので16時を観る予定が
18時半のを観ることに。

その間マックで
おいしくなったアイスコーヒー片手に
栄養教育論の課題をひたすらしてました。

チケ買うときに席指定で
誰もいなかったので
目線がスクリーンと一緒のど真ん中を選択。


そしてなんと4人しかいなかったよ。
なんてマイナー。





お話は結婚を控えた刑務官が
妻や連れ子と生きるための新婚旅行をするため、
死刑執行補佐の役を申し出る。
(それにより休暇を一週間もらえる)

他人の命を奪ったものが
人間としての幸福を享受できるのか・・・

そういった葛藤を描いた作品です。




なんで見に行ったかというと
今度演出する作品の舞台が
葬式なんですよね。
テーマは死ではないのだけれど
死についてここんところ良く考える。
作品に関しても
普通の葬式を知らなければ
現すことも演出することもない。

そういった意味で
とてもしっくりくる感じだったので。

んで、感想。



作品としておもしろかったです。
セリフで言わずとも空気で漂ってくる。
役者も上手いし、スタッフもすばらしい。

ハデなものも好きだが、最近特に
こういう作品を好むようになった。
音楽で言うならババーンと終わって
わー!と拍手喝采のもの好きだけれど
静かに終わって、拍手するのもためらう感じも
かなり好きっていう感じかな。


そして自分の中で色々感じることが
ありました。



一番感じたのは、
私はなんて平々凡々な生き方をしているのだろう
ということだった。




この方の作品は
とても日常を描いています。
私の作品も日常的です。

客というものは
非日常を観るために
劇場に訪れる。

どちらも日常的であるのに
客が見たときおもしろいとなぜ
感じるか。

それは多分
普段触れることが少ない世界を
描いているからではないだろうか。

そんな数少ないある意味特殊な世界でも
人としての根幹は同じで
その独特の特殊な状況の中で
訴えかけてくる人の感情を
見に行っているんだろう、と思いました。



死に関して私は全然無知だ。


身内の死は16年ほどあっていない。
家族はいたって平凡。
とくにどうにもできない障害や壁はない。

だからこそ生しか見つめていないのだと思う。

私は今の私だからこの台本が書けて、
演出が出来るんだ。





これから私はバイトとは違う
本職にしようとしている仕事で新たな「死」に出会う。
そしたらまた違う見方をするだろう。
そしたらまた違う作品を書くかもしれない。


「慣れですから・・・。」
というセリフが何回か出てきた。
このセリフに関しては
とても共感できた。


本当に慣れたわけじゃない。毎回思うことがある。


慣れるわけなんてない。


一人一人に人生があって
誠実に生きてきた結果が
その場にたしかにあって
何一つ同じものはない。

無念の中死んだ人、
自暴自棄になって死んだ人、
満足して死んだ人。

その人は死ぬが自分の中でその人は
生きている。




他人に対して
説明するのが難しいんだ。

軽々しく口に出来るものではないから
そういう言葉が出てくる。

そう私は思った。
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2008.06.16 / Top↑
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